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日本における化粧の歴史とは

化粧品の歴史はとても長く、3世紀頃にまでさかのぼります。 当時は、赤は悪魔を防ぐと考えられており、魔除けのために顔に赤い土を塗っていました。 そして、6世紀には中国や朝鮮から化粧品が日本に輸入され始め、中国の流行をまね、唇を赤くするのが広まりました。

また、眉毛を抜き、細長い眉を書くのが流行っていたようです。 平安時代には、日本独自の文化が広がっていき、白粉を塗って顔を白くしたり、眉毛を全て抜いて眉墨で眉を書いたり、下唇に紅をさしたり、マニキュアを塗ったりする文化が広がっていきました。

江戸時代には、京都や大阪では濃い化粧が多く、江戸では薄化粧やすっぴんでいる人が多かったようです。 化粧方法自体は、シャドーを使って鼻を高く見せたり紅花を使った口紅が広まったり、ペディキュアをしたりしていました。

明治時代は化粧が一般化し、大正時代には、化粧水や乳液が広まり、昭和には、ファンデーションやアイメイクグッズが広がるようになりました。 時代によって化粧の仕方も違うようです。